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I&CO
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Feb 10, 2026
Feb 10, 2026
2026年、強いブランドを作るために Vol.2: 「Don'ts」を設計し、判断の輪郭を描く
2026年、強いブランドを作るために Vol.2: 「Don'ts」を設計し、判断の輪郭を描く


企業のブランド構築に伴走するI&COが、「2026年、強いブランドを作るために。」というテーマのもと、財務、コミュニケーション、インターナルブランディングの3つの視点から考察したシリーズ記事をお届けします。ブランドはどのように生まれ、事業や組織の中にどのように組み込まれていくのか。この問いを、シリーズを通じて紐解いていきます。
「何をしないか」でブランドを差別化する
本稿では、2026年に起きている環境変化を起点に、「強いブランド(=信頼によって差別化されたブランド)」をどう積み上げていくかを整理します。結論から言うと、生成AIによってコンテンツを作れてしまう時代だからこそ、ブランドは「Do’s(やること)」より先に「Don’ts(やらないこと)」で輪郭をつくる必要がある、というのが私の見立てです。
1. 2026年、生成AI時代に起きる三つの構造変化
2026年、生成AIは特別な技術ではなく、生活や仕事の中に溶け込んだ「前提」となりました。検索行動の延長としてAIアシスタントを使い、文章も画像も企画も、まずはAIに投げる。そうした動きが日常化しています。
この変化がもたらすものをブランド戦略の視点から整理すると、以下の3つに集約されます。
- コンテンツ量が増加する:生成AIによって“作れる”が加速し、世の中に流通する表現の母数そのものが桁違いに増える。
- 選別の負荷が生活者にかかる:何が必要で、何が信じられるのか。情報の海の中から「自分にとって意味のあるもの」を見分ける必要性が増す。
- 選別そのものをAIに委ねるようになる:推薦、要約、比較といった意思決定の手前のプロセスを、AIやアルゴリズムが代行するようになる。
つまりブランドにとっての競合は、同業他社だけではなくなります。生活者のスクリーンの中で、「AIがオススメしたもの」と競う構造に変わっていくのです。
この環境でブランド側がやるべきことは、「発信量を増やすこと」ではありません。むしろ逆です。発信量の多寡で勝負する時代は終わり、 “一貫性”と“信頼”の重要性が、より一層高まるようになります。

2. 「信頼による差別化」が必要な時代に
コンテンツを生み出しやすくなることはブランドにとってチャンスでもありますが、同じだけリスクも増えます。AIは便利なツールである一方で、方向性が曖昧なまま使うと発信における「ブレ」を増幅させてしまうからです。
2026年により一般化するのは、企業がコントロールできないコンテンツの増殖です。第三者による切り抜き、引用、二次創作、要約、再編集。企業の意図した文脈を離れて、コンテンツの意味が変容しながら流通する状況が常態化します。
この環境下でブランドの信頼が損なわれるリスクを低減するために重要になるのが、「Don’ts」、すなわちブランドとしてやらないことの設計です。
たとえば、以下のようなガードレールを先に引いておく。私はこれを、頭文字を取って「TAPER」と呼んでいます。
- Trend:何に乗らないか(時々の話題性だけを理由に、ブランドの文脈を崩さない)
- Attitude:どんな態度を取らないか(短期的な反応を得るために、信頼を切り売りしない)
- Promise:何を約束しないか(過剰な約束や、できない約束はしない)
- Expression:どんな表現をしないか(自分たちにふさわしくない表現は採用しない)
- Range:誰を追わないか (届けたいターゲットを広げすぎない)
ここで重要なのは、Don’tsを「炎上回避のためのコンプライアンス集」にしないことです。これらは判断や行動を抑制するためのものではなく、ブランドの輪郭を明確にするためのものであると捉えてください。輪郭があるから活動範囲を定め、やるべきことに注力できる。輪郭がないまま発進すると、ブランドが迷子になったり、やがて事故にあうことになりかねません。
そしてこのDon’tsは、理想や思いつきで定義されるべきではありません。企業が持つファクト(実態や歴史)と、実際に世の中に届けるプロダクトから定義されるべきです。誇張した表現や実態から逸脱したメッセージでは、信頼は積み上がりません。AI時代においては、このズレがより速く、より広く露呈します。だからこそ、ブランド戦略の起点としてDon'tsを持っておくことが、これまで以上に重要になるのです。
3. 信頼は設計できる ー フライホイールの提示
ここで、I&COがベースにしている考え方をご紹介します。
私たちは「ブランドのフライホイール」という考え方を採用しています。

企業がプロダクトをつくり、そのプロダクトが生活者に認められ、結果としてブランドが立ち上がっていく。言い換えると、企業活動の総体によって「信頼による差別化」をどう生み出すか、という考え方です。
そして、その信頼は、突然どこかから降ってくるものではありません。企業の目指すものがあり、文化や企業姿勢があり、日々の意思決定があり、現場の一つひとつの行動があり、その積み重ねがプロダクトに滲み出る。さらに、その一連の企業活動に対して「この会社/ブランドなら信じられる」という評価が積み上がっていく。私たちは、そう捉えています。
フライホイールをさらに分解すると、次のようになります。
1. 企業の意志が定まっている(起点)
2. 企業全体が同じ方向を向く(意思決定と行動の一貫性)
3. 一貫性がプロダクトに現れる(価値の実体化)
4. 生活者が体験としてその価値を認める(評価の蓄積)
5. 信頼が差別化として効き始める(ブランド化)
そして2026年、コンテンツが無限に作れる時代において、フライホイールは速く回せる一方で、壊れるのも早い。だからこそ、企業の中に共有された「Don'ts(やらないこと)」は、明文化されているか否かにかかわらず、その回転を安定させる前提条件として機能します。
4. 事例 ー フライホイールを体現する「冷凍餃子フライパンチャレンジ」
このフライホイールがしっかり回っているな、と強く感じた例があります。I&COとしても伴走支援した、味の素冷凍食品の「冷凍餃子フライパンチャレンジ」につながる一連の取り組みです。



この一連の活動で重要なのは、後述する「手抜き / 手間抜き論争」「フライパンへの張り付き問題」の二つが、どちらも生活者のSNS投稿をきっかけに始まっているという点です。
SNS上での生活者の投稿は、その内容によっては企業にとってリスクになり得ます。炎上の火種にもなることもあれば、企業の対応次第では信頼を損ねることにもつながります。だからこそ、ある種のフォーマットに則した対応が機能する場合もあります。しかし、味の素冷凍食品の対応は、そうした一般的な対応とは異なるものでした。同社に対する生活者のネガティブな声を抑え込むのではなく、対話の入口として受け取り、企業活動(そして彼らのモットーである「永久改良」)に接続していった。ここに意味がありました。
4-1. 起点は「企業の企画」ではなく「生活者の投稿」だった
この事例を、本稿のテーマである生成AI時代への示唆として捉えるとき、最初に見ておきたいポイントがあります。それは、この取り組みが「こういう話題を作ろう」という企業側の企画として始まったものではなく、生活者のSNS投稿という「外部の偶発性」から始まっている点です。
今後、AIによってコンテンツが増えれば増えるほど、企業側が想定しない文脈での言及や切り取られ方も増えていきます。つまり、こうした偶発的な状況はさらに増える。そのときに差がつくのは、SNS運用のテクニックではありません。外部からの声を企業としてどう受け止め、自社の何に接続できるかです。
4-2. 「手抜き/手間抜き論争」:ファクトで“根拠”を差し出した
たとえば「手抜き/手間抜き論争」への向き合い方です。「冷凍食品を使うことは手抜きなのではないか」という生活者からの声から議論が生まれたとき、味の素冷凍食品が示したのは、冷凍食品を使うことが「手抜き」ではなく「手間抜き(家庭での手間の一部を企業が担っている)」である、という姿勢でした。
ポイントは、この姿勢を言葉だけで終わらせなかったことです。企業の公式アカウントからの言葉に加えて工場の工程を可視化するクリエイティブを用意し、企業としての主張にファクトを重ねることで、信頼の根拠となるコンテンツを公開しました。



ここで起きたのは、論破でも火消しに向けた対応でもありません。生活者が感じた違和感に対して、ブランドの一方的な言い分ではなく、ブランドが積み上げてきた事実で応えた。だからこそ、生活者からの信頼が積み上がっていきました。
信頼は、キャッチコピーやビジュアルの美しさだけで築けるものではありません。冷凍ギョーザの工程を見せる映像に、派手さはないかもしれません。しかし、その実直さこそにコンテンツとしての強度が宿ります。なぜならそれは「企業活動そのもの」だからです。
4-3. フライパンの張り付き問題:ユーザーの声を、改良プロセスにつなげた
もう一つのフェーズであるフライパンの張り付き問題も同じです。「(同社の)冷凍餃子がフライパンに張り付いて困った」という生活者のSNS投稿に対して、味の素冷凍食品は説明や謝罪で終わりにせず、その事実に向き合い、検証し、改善へと接続していきました。つまり、投稿への対応を“コミュニケーション”で完結させるのではなく、プロダクト改良という企業活動の本質的なプロセスにつなげていったのです。

同社は投稿を発端として、焦げつきのある使い古したフライパンをユーザーから集め、それらを徹底的に分析し、それぞれの原因究明に乗り出しました。そして、そのプロセスを公式アカウントから発信していきました。最終的には、さらに張り付きにくくなった新しい冷凍ギョーザを発売するに至ります。
企業として大切にする姿勢のもと、顧客の声を起点に、次なる企業活動とプロダクトへとつなげていく。これは、フライホイールの回転そのものといえます。
4-4. なぜそれが可能だったのか:企業姿勢としての「永久改良」
こうした対応がなぜ可能だったの?それは、味の素冷凍食品の中に「永久改良」という企業姿勢が根付いていたからだと考えています。

常により良いものを志向し、改良を続ける。プロダクトをアップデートし続ける。その“当たり前”が企業文化として浸透しているからこそ、生活者の声に対して瞬間的に取り繕うのではなく、企業の本質に根差した行動として応えることができる。その結果として、信頼が積み上がっていったのです。
4-5. この事例が示す本質:強いブランドの起点は「プロダクトとファクト」
このように、企業が目指す方向を企業全体が理解し、一貫して行動しているとき、フライホイールは効果的に回りはじめ、信頼が積み上がり、強いブランドが生まれます。これこそが、ブランド構築の本質です。
重要なのは、その起点となるのがプロダクトそのものであり、企業が持つファクトであることです。誇張した表現や、実態から逸脱したメッセージでは、信頼は積み上がりません。生成AIが表現を容易に増やしてくれる時代になればなるほど、「実態と表現の乖離」は致命的なリスクになり得ます。実態との乖離は、ブランドへの信頼を毀損し、「信頼による差別化」の実現を妨げることになるのです。
5. さいごに
ここまでの話をまとめます。
- コンテンツは増える(しかも安く、速く、ほぼ無限に)
- 生活者の「情報を見分ける負荷」が増える
- 見分けること自体をAIに委ねる動きが加速する
- それにより、発信量による勝負は意味を持たなくなる
- 代わりに、「信頼による差別化」がこれまで以上に意味を持つ
- その信頼を守り、積み上げるために、Don’ts(やらないこと)が重要になる
- Don’tsは、企業のファクトとプロダクトから定義されるべきである
では、こうした変化を前に、ブランド戦略はどう変わっていくのでしょうか。2016年の立ち上げ以来、私たちがいただくご相談は大きく3つでした。
- 企業としてどこに向かうべきか(起点の定義)
- その方向に、企業全体が同じ価値観で向かうにはどうするべきか(インターナルブランディング)
- 企業活動を踏まえて、どう発信し、生活者との接点をつくるのか(コミュニケーション)
2026年、これらの領域においてより重要性が増すと考えているのが、「Don'ts(やらないこと)の設計」です。 起点を定めるときも、組織に浸透させるときも、発信するときも、Don'tsが機能する。AI時代のコミュニケーションにおいて、Don'tsは各領域を貫く指針となります。
発信は、これまで通り重要です。しかし、発信の前に「自分たちの信頼を損なわないための指針」を定義する。その指針があるからこそ、プロダクトも、組織も、コミュニケーションも、一貫した速度で前に進むことが可能になります。
発信の前に、指針を。拡張の前に、一貫性を。

読んでいただきありがとうございました。
著者:高宮 範有(たかみや のりくに)
I&CO APAC代表。Delphys Inc.、PARTYを経て、2019年7月にI&CO Tokyoを立ち上げる。新規事業開発とそのブランディング、体験設計を得意とする。これまでに「UNIQLO IQ」「StyleHint」のコンセプト開発・UXデザインをはじめ、「Mercari Inc. 上場時のコーポレートブランディング」「P&G PANTENE #この髪どうしてダメですか」などを手掛ける。あわせて、スタートアップの事業拡大を数多く担当し、広報戦略立案にも携わる。クリエイティブ集団 PARTYの社外パートナー、TrambellirのCDO(ChiefDesign Officer)を兼任。
【携わったプロジェクト】
- StyleHint(Fast Retailing)
- UNIQLO IQ(Fast Retailing)
- UNIQLO.com(Fast Retailing)
- LEXUS.jp Redesign(LEXUS)
- 琉球泡盛のグローバルブランディング(沖縄県)
- Global Health(グローバルヘルスを応援するビジネスリーダー有志一同)
- MEIRI Whisky Reborn(明利酒類)
- MEIRI Sanitizer(明利酒類)
ほか
「2026年、強いブランドをつくるために。」の他の記事
- Vol.1: 「収益を安定させる装置」としてブランドを捉え直す
- Vol.3: 社内の「人」が担う最初の一歩
企業のブランド構築に伴走するI&COが、「2026年、強いブランドを作るために。」というテーマのもと、財務、コミュニケーション、インターナルブランディングの3つの視点から考察したシリーズ記事をお届けします。ブランドはどのように生まれ、事業や組織の中にどのように組み込まれていくのか。この問いを、シリーズを通じて紐解いていきます。
「何をしないか」でブランドを差別化する
本稿では、2026年に起きている環境変化を起点に、「強いブランド(=信頼によって差別化されたブランド)」をどう積み上げていくかを整理します。結論から言うと、生成AIによってコンテンツを作れてしまう時代だからこそ、ブランドは「Do’s(やること)」より先に「Don’ts(やらないこと)」で輪郭をつくる必要がある、というのが私の見立てです。
1. 2026年、生成AI時代に起きる三つの構造変化
2026年、生成AIは特別な技術ではなく、生活や仕事の中に溶け込んだ「前提」となりました。検索行動の延長としてAIアシスタントを使い、文章も画像も企画も、まずはAIに投げる。そうした動きが日常化しています。
この変化がもたらすものをブランド戦略の視点から整理すると、以下の3つに集約されます。
- コンテンツ量が増加する:生成AIによって“作れる”が加速し、世の中に流通する表現の母数そのものが桁違いに増える。
- 選別の負荷が生活者にかかる:何が必要で、何が信じられるのか。情報の海の中から「自分にとって意味のあるもの」を見分ける必要性が増す。
- 選別そのものをAIに委ねるようになる:推薦、要約、比較といった意思決定の手前のプロセスを、AIやアルゴリズムが代行するようになる。
つまりブランドにとっての競合は、同業他社だけではなくなります。生活者のスクリーンの中で、「AIがオススメしたもの」と競う構造に変わっていくのです。
この環境でブランド側がやるべきことは、「発信量を増やすこと」ではありません。むしろ逆です。発信量の多寡で勝負する時代は終わり、 “一貫性”と“信頼”の重要性が、より一層高まるようになります。

2. 「信頼による差別化」が必要な時代に
コンテンツを生み出しやすくなることはブランドにとってチャンスでもありますが、同じだけリスクも増えます。AIは便利なツールである一方で、方向性が曖昧なまま使うと発信における「ブレ」を増幅させてしまうからです。
2026年により一般化するのは、企業がコントロールできないコンテンツの増殖です。第三者による切り抜き、引用、二次創作、要約、再編集。企業の意図した文脈を離れて、コンテンツの意味が変容しながら流通する状況が常態化します。
この環境下でブランドの信頼が損なわれるリスクを低減するために重要になるのが、「Don’ts」、すなわちブランドとしてやらないことの設計です。
たとえば、以下のようなガードレールを先に引いておく。私はこれを、頭文字を取って「TAPER」と呼んでいます。
- Trend:何に乗らないか(時々の話題性だけを理由に、ブランドの文脈を崩さない)
- Attitude:どんな態度を取らないか(短期的な反応を得るために、信頼を切り売りしない)
- Promise:何を約束しないか(過剰な約束や、できない約束はしない)
- Expression:どんな表現をしないか(自分たちにふさわしくない表現は採用しない)
- Range:誰を追わないか (届けたいターゲットを広げすぎない)
ここで重要なのは、Don’tsを「炎上回避のためのコンプライアンス集」にしないことです。これらは判断や行動を抑制するためのものではなく、ブランドの輪郭を明確にするためのものであると捉えてください。輪郭があるから活動範囲を定め、やるべきことに注力できる。輪郭がないまま発進すると、ブランドが迷子になったり、やがて事故にあうことになりかねません。
そしてこのDon’tsは、理想や思いつきで定義されるべきではありません。企業が持つファクト(実態や歴史)と、実際に世の中に届けるプロダクトから定義されるべきです。誇張した表現や実態から逸脱したメッセージでは、信頼は積み上がりません。AI時代においては、このズレがより速く、より広く露呈します。だからこそ、ブランド戦略の起点としてDon'tsを持っておくことが、これまで以上に重要になるのです。
3. 信頼は設計できる ー フライホイールの提示
ここで、I&COがベースにしている考え方をご紹介します。
私たちは「ブランドのフライホイール」という考え方を採用しています。

企業がプロダクトをつくり、そのプロダクトが生活者に認められ、結果としてブランドが立ち上がっていく。言い換えると、企業活動の総体によって「信頼による差別化」をどう生み出すか、という考え方です。
そして、その信頼は、突然どこかから降ってくるものではありません。企業の目指すものがあり、文化や企業姿勢があり、日々の意思決定があり、現場の一つひとつの行動があり、その積み重ねがプロダクトに滲み出る。さらに、その一連の企業活動に対して「この会社/ブランドなら信じられる」という評価が積み上がっていく。私たちは、そう捉えています。
フライホイールをさらに分解すると、次のようになります。
1. 企業の意志が定まっている(起点)
2. 企業全体が同じ方向を向く(意思決定と行動の一貫性)
3. 一貫性がプロダクトに現れる(価値の実体化)
4. 生活者が体験としてその価値を認める(評価の蓄積)
5. 信頼が差別化として効き始める(ブランド化)
そして2026年、コンテンツが無限に作れる時代において、フライホイールは速く回せる一方で、壊れるのも早い。だからこそ、企業の中に共有された「Don'ts(やらないこと)」は、明文化されているか否かにかかわらず、その回転を安定させる前提条件として機能します。
4. 事例 ー フライホイールを体現する「冷凍餃子フライパンチャレンジ」
このフライホイールがしっかり回っているな、と強く感じた例があります。I&COとしても伴走支援した、味の素冷凍食品の「冷凍餃子フライパンチャレンジ」につながる一連の取り組みです。

この一連の活動で重要なのは、後述する「手抜き / 手間抜き論争」「フライパンへの張り付き問題」の二つが、どちらも生活者のSNS投稿をきっかけに始まっているという点です。
SNS上での生活者の投稿は、その内容によっては企業にとってリスクになり得ます。炎上の火種にもなることもあれば、企業の対応次第では信頼を損ねることにもつながります。だからこそ、ある種のフォーマットに則した対応が機能する場合もあります。しかし、味の素冷凍食品の対応は、そうした一般的な対応とは異なるものでした。同社に対する生活者のネガティブな声を抑え込むのではなく、対話の入口として受け取り、企業活動(そして彼らのモットーである「永久改良」)に接続していった。ここに意味がありました。
4-1. 起点は「企業の企画」ではなく「生活者の投稿」だった
この事例を、本稿のテーマである生成AI時代への示唆として捉えるとき、最初に見ておきたいポイントがあります。それは、この取り組みが「こういう話題を作ろう」という企業側の企画として始まったものではなく、生活者のSNS投稿という「外部の偶発性」から始まっている点です。
今後、AIによってコンテンツが増えれば増えるほど、企業側が想定しない文脈での言及や切り取られ方も増えていきます。つまり、こうした偶発的な状況はさらに増える。そのときに差がつくのは、SNS運用のテクニックではありません。外部からの声を企業としてどう受け止め、自社の何に接続できるかです。
4-2. 「手抜き/手間抜き論争」:ファクトで“根拠”を差し出した
たとえば「手抜き/手間抜き論争」への向き合い方です。「冷凍食品を使うことは手抜きなのではないか」という生活者からの声から議論が生まれたとき、味の素冷凍食品が示したのは、冷凍食品を使うことが「手抜き」ではなく「手間抜き(家庭での手間の一部を企業が担っている)」である、という姿勢でした。
ポイントは、この姿勢を言葉だけで終わらせなかったことです。企業の公式アカウントからの言葉に加えて工場の工程を可視化するクリエイティブを用意し、企業としての主張にファクトを重ねることで、信頼の根拠となるコンテンツを公開しました。

ここで起きたのは、論破でも火消しに向けた対応でもありません。生活者が感じた違和感に対して、ブランドの一方的な言い分ではなく、ブランドが積み上げてきた事実で応えた。だからこそ、生活者からの信頼が積み上がっていきました。
信頼は、キャッチコピーやビジュアルの美しさだけで築けるものではありません。冷凍ギョーザの工程を見せる映像に、派手さはないかもしれません。しかし、その実直さこそにコンテンツとしての強度が宿ります。なぜならそれは「企業活動そのもの」だからです。
4-3. フライパンの張り付き問題:ユーザーの声を、改良プロセスにつなげた
もう一つのフェーズであるフライパンの張り付き問題も同じです。「(同社の)冷凍餃子がフライパンに張り付いて困った」という生活者のSNS投稿に対して、味の素冷凍食品は説明や謝罪で終わりにせず、その事実に向き合い、検証し、改善へと接続していきました。つまり、投稿への対応を“コミュニケーション”で完結させるのではなく、プロダクト改良という企業活動の本質的なプロセスにつなげていったのです。

同社は投稿を発端として、焦げつきのある使い古したフライパンをユーザーから集め、それらを徹底的に分析し、それぞれの原因究明に乗り出しました。そして、そのプロセスを公式アカウントから発信していきました。最終的には、さらに張り付きにくくなった新しい冷凍ギョーザを発売するに至ります。
企業として大切にする姿勢のもと、顧客の声を起点に、次なる企業活動とプロダクトへとつなげていく。これは、フライホイールの回転そのものといえます。
4-4. なぜそれが可能だったのか:企業姿勢としての「永久改良」
こうした対応がなぜ可能だったの?それは、味の素冷凍食品の中に「永久改良」という企業姿勢が根付いていたからだと考えています。

常により良いものを志向し、改良を続ける。プロダクトをアップデートし続ける。その“当たり前”が企業文化として浸透しているからこそ、生活者の声に対して瞬間的に取り繕うのではなく、企業の本質に根差した行動として応えることができる。その結果として、信頼が積み上がっていったのです。
4-5. この事例が示す本質:強いブランドの起点は「プロダクトとファクト」
このように、企業が目指す方向を企業全体が理解し、一貫して行動しているとき、フライホイールは効果的に回りはじめ、信頼が積み上がり、強いブランドが生まれます。これこそが、ブランド構築の本質です。
重要なのは、その起点となるのがプロダクトそのものであり、企業が持つファクトであることです。誇張した表現や、実態から逸脱したメッセージでは、信頼は積み上がりません。生成AIが表現を容易に増やしてくれる時代になればなるほど、「実態と表現の乖離」は致命的なリスクになり得ます。実態との乖離は、ブランドへの信頼を毀損し、「信頼による差別化」の実現を妨げることになるのです。
5. さいごに
ここまでの話をまとめます。
- コンテンツは増える(しかも安く、速く、ほぼ無限に)
- 生活者の「情報を見分ける負荷」が増える
- 見分けること自体をAIに委ねる動きが加速する
- それにより、発信量による勝負は意味を持たなくなる
- 代わりに、「信頼による差別化」がこれまで以上に意味を持つ
- その信頼を守り、積み上げるために、Don’ts(やらないこと)が重要になる
- Don’tsは、企業のファクトとプロダクトから定義されるべきである
では、こうした変化を前に、ブランド戦略はどう変わっていくのでしょうか。2016年の立ち上げ以来、私たちがいただくご相談は大きく3つでした。
- 企業としてどこに向かうべきか(起点の定義)
- その方向に、企業全体が同じ価値観で向かうにはどうするべきか(インターナルブランディング)
- 企業活動を踏まえて、どう発信し、生活者との接点をつくるのか(コミュニケーション)
2026年、これらの領域においてより重要性が増すと考えているのが、「Don'ts(やらないこと)の設計」です。 起点を定めるときも、組織に浸透させるときも、発信するときも、Don'tsが機能する。AI時代のコミュニケーションにおいて、Don'tsは各領域を貫く指針となります。
発信は、これまで通り重要です。しかし、発信の前に「自分たちの信頼を損なわないための指針」を定義する。その指針があるからこそ、プロダクトも、組織も、コミュニケーションも、一貫した速度で前に進むことが可能になります。
発信の前に、指針を。拡張の前に、一貫性を。

読んでいただきありがとうございました。
著者:高宮 範有(たかみや のりくに)
I&CO APAC代表。Delphys Inc.、PARTYを経て、2019年7月にI&CO Tokyoを立ち上げる。新規事業開発とそのブランディング、体験設計を得意とする。これまでに「UNIQLO IQ」「StyleHint」のコンセプト開発・UXデザインをはじめ、「Mercari Inc. 上場時のコーポレートブランディング」「P&G PANTENE #この髪どうしてダメですか」などを手掛ける。あわせて、スタートアップの事業拡大を数多く担当し、広報戦略立案にも携わる。クリエイティブ集団 PARTYの社外パートナー、TrambellirのCDO(ChiefDesign Officer)を兼任。
【携わったプロジェクト】
- StyleHint(Fast Retailing)
- UNIQLO IQ(Fast Retailing)
- UNIQLO.com(Fast Retailing)
- LEXUS.jp Redesign(LEXUS)
- 琉球泡盛のグローバルブランディング(沖縄県)
- Global Health(グローバルヘルスを応援するビジネスリーダー有志一同)
- MEIRI Whisky Reborn(明利酒類)
- MEIRI Sanitizer(明利酒類)
ほか