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強いブランドを作るために 2026 Vol.7 なぜ、ブランドの予算は最初に削られるのか?

強いブランドを作るために 2026 Vol.7 なぜ、ブランドの予算は最初に削られるのか?

企業のブランド構築に伴走するI&COが、「強いブランドを作るために 2026」というテーマのもと、財務、コミュニケーション、インターナルブランディングの3つの視点から考察したシリーズ記事をお届けします。ブランドはどのように生まれ、事業や組織の中にどのように組み込まれていくのか。この問いを、シリーズを通じて紐解いていきます。


著者:間澤 崇(まざわ たかし)

I&CO APAC COO。ニッセイアセットマネジメントでの資産運用業務を経て、2014年よりアクセンチュアのストラテジーグループに参画。銀行や証券会社、ペイメント会社など金融業のコンサルティングを手がけた他、小売・通信業の新規事業立案や、通信・エネルギー業の異業種参入などを支援。2019年7月にレイ・イナモト、高宮範有とI&CO Tokyoを設立し、共同代表に就任。新規事業の開発や、それに伴う事業戦略立案、既存事業の立て直しを担う。



ブランドを「収益を安定させる装置」として捉え直す。 私はこれまで、その視点を提示してきました。 値引きをしなくても売れる。一度買った人が戻ってくる。競合ではなく自社の名前で検索される。 その状態を作る仕組みがブランドであり、顧客からの信頼が循環することで、ブランドは機能し続けます。

ここから先が、実務ではいちばん難しいところです。
では、その装置にいくら投資するのか。
その判断は、誰が、何を根拠に下すのか。

今回はこの問いを扱います。 私は投資の領域から、経営コンサルティングを経てブランド構築の現場に来ました。 会計の話が少し出てきますが、読み進めていただくにあたって、専門知識は必要ありません。

利益が足りないとき、最初に議論のテーブルに出てくるもの

私は業務の中で、クライアントの事業計画をレビューすることがあります。 利益計画が未達になりそうなとき、削減候補として真っ先に挙がる費目は、ほぼ決まっています。 広告宣伝費とマーケティング費用です。

この提案には、なかなか反論できません。 実際、これらの費用を削れば、来期の利益は改善するからです。

問題は、その利益改善と引き換えに何が犠牲になっているのかが、その会議で配られるどの資料にも書かれていないことです。 費用を削った効果は、利益として今期の数字にすぐに表れます。一方で、その結果として失われるものの影響は、二年後か三年後に、別の指標として表れます。

「削ることで得られるもの」と「削ることで失うもの」を同じ資料の上で比べられない以上、どうしても「削る」判断の方が合理的に見え、議論はそちらに傾きます。これは、会議の進め方が悪いから起きることではありません。 そもそも会計の仕組みが、短期のコストと長期の価値を同じようには捉えられない構造をしているのです。

「育てたブランド」と「買ったブランド」

会社がもつ財産の一覧表を、貸借対照表と呼びます。 土地や建物、機械、そして特許のような形のない財産も、ここに資産として金額で記載されます。

ところが、自社で育てたブランドは、金額として貸借対照表に記載されません。 国際的な会計ルールであるIAS 38の第63項では、「内部で創り出したブランドや顧客名簿などを、無形資産として認識してはならない」と定めています。

その理由も条文に添えられています。 ブランドを育てるための支出は、事業を伸ばすための支出全般と切り分けられないからです。 確かに、ある年の広告費のうち、いくらが「今年の売上」のためで、いくらが「五年後の信頼」のためだったのか、 これを客観的に線引きする方法はありません。 日本の会計ルールでも、適用される規定はいくつかに分かれますが、結論は同じです。

一方で、会社を買収した場合はどうなるか。 買収した会社がもつブランドは、一定の条件を満たせば形のない資産として価値がつけられ、貸借対照表に載ります。 また、買収時に帳簿上の価値よりも高く払った差額は、「のれん」として資産に計上されます。 自社でブランドを育てているときには金額を客観的に切り分けられなかったものが、買収の場面では「実際にいくらで会社を買ったか」という取引価格を起点に評価できるようになるのです。

つまり、同じようにブランドを育てるための支出でも、自社で育てれば費用になり、外から買ってくれば資産になる。 この非対称性が、実務における企業の意思決定に影響しています。

もちろん、制度としては筋が通っています。私は、会計ルールを批判したいわけではありません。 問題は、その結果として何が起きているかです。

自社で長い時間をかけて育ててきたブランドの価値は、会社の財産一覧のどこにも存在しません。 数字として存在しないものは、「将来価値を生む資産への投資」として議論される機会もありません。 一方、日々の損益の上では、「削れば今期の利益が増える費用」は、明確に姿を現します。

しかし、「のれん」として評価されるような価値は、買収のときに突然生まれるものではありません。 その会社が日々の商売を続ける中で、顧客からの信頼として少しずつ育ってきたものです。 ただ、こうして先に育てたのれんは、育てている最中は誰にも見えません。 財産の一覧表は、載っていないものについては何も語らないのです。

投資対効果で測れば、解決するのか

会計に載らないのであれば、投資対効果(ROI)で測ればいい。 そう考えるのが自然な流れですし、私自身も長くそう考えていました。

ところが、ROIには一つ厄介な性質があります。約2万8千件の広告キャンペーンを分析した研究では、広告への投資額が増えるほど、ROIは下がっていくということです。ここでいうROIは、広告費1に対して、どれだけの売上が返ってきたかを表す倍率です。 研究では、年商20億ポンドの自動車ブランドを例に、こう説明されています。 広告費が売上の1~2%にとどまるうちは、1に対して17から20の売上が返ってくる。 一方、広告費を売上の10%まで増やすと、その倍率は9程度まで下がります。

これは、広告費を増やすほど効果がなくなる、という意味ではありません。投じた額が増えれば、売上そのものは増えます。 ただし、追加で投じた1円が生み出す売上は、少しずつ小さくなっていきます。

ここに、ROIで投資を判断する難しさがあります。 ROIという数値だけを最大にしようとすると、最も合理的な答えは「投資を絞る」になります。 そして、投資を絞れば、得られる利益の絶対額は減ります。 「率」は上がり、「額」は減る。ROIが高いことと、事業として最も大きな価値を生み出していることは、必ずしも同じではないのです。

今年6月、この分野の研究者であるLes Binetが、新しい分析を発表しました。 利益を左右する要因として、予算の大きさはROIのおよそ9倍重要である、という内容です。 ところが、同時に行われたマーケティング責任者500人への調査では、認識は逆でした。彼らは逆に「ROIのほうが予算の大きさよりも重要だ」と考えていたのです。

この「率を重視する」考え方は、マーケティングの場面に限りません。

ここ数年、投じた資本に対してどれだけ利益を上げたかを示す指標(ROIC)を経営目標に掲げる日本企業が増えました。 資本を効率よく使えているかを測ること自体は、正しい経営のあり方です。 ただ、分母、つまり投じるお金を小さくすれば数値が良くなるという性質は、ROICもROIも同じです。そして、ブランドのように、投じたその年ではなく数年後に効いてくる支出は、この構造の中でいちばん「切りやすい」位置にあります。

ブランドを金額に換算してみると

では、ブランドの価値そのものを金額で評価すればいいのではないか。 実際に、ブランド価値の算定を専門にしている評価機関があります。ところが、ここにも難しさがあります。

2025年のAppleのブランド価値を、主要な三社がそれぞれ以下のように発表しています。
・Kantar BrandZ:1兆2,997億ドル(前年比 +28%)
・Brand Finance:5,745億ドル(前年比 +11%)
・Interbrand:4,609億ドル(前年比 −4%)

同じ企業の、同じ年の評価です。 それでも最大と最小で2.8倍の開きがあり、前年より価値が増えたのか減ったのかすら一致していません。 発表の時期がずれている点を差し引いても、説明のつく差ではありません。

興味深いのは、三社とも、ブランド評価の国際規格(ISO 10668)に沿っていると表明していることです。 ただしこの規格は、財務、消費者行動、法務の三方向から必ず分析し、前提を開示せよ、と定めたものです。 「手続き」を決めた規格であって、どの計算方法が正しいかを決めるものではありません。同じ規格に沿っていても三つの異なる答えが出るのは、当然の結果です。

では、ブランド価値を評価することに意味がないかというと、そうではありません。例えば 味の素は、統合報告書に自社のブランド価値を金額で記載しています。 大切なのは、その数字を「絶対的な価値」として見るのではなく、自社の中で同じ方法を使い続け、去年より上がったか下がったかを測ることです。自社のブランドがどちらに向かっているのかを見るための指標としてなら、ブランド価値評価は、十分に機能します。 一方で、他社と金額を比べたり、投資額の妥当性を証明したりする用途には向きません。

ブランドを判断の基準にしている会社

では、ブランドを実際に意思決定の基準に組み込んでいる企業は、何をしているのか。

マツダの統合報告書2025で、CEOはこう述べています。 「ブランド価値経営を全ての事業領域と意思決定の出発点に据えている」。

この考え方がより実務的に表れるのは、中期経営計画です。 重点領域のひとつに「ブランド価値を低下させる支出の抑制」という項目が置かれています。

一見すると、これはコスト管理の項目です。しかし重要なのは、「いくら削るか」ではなく、「その支出がブランド価値を高めるのか、下げるのか」を判断の物差しにしていることです。 たとえ短期的な売上は立つとしても、ブランドを損なうような売り方はしない。そうした判断基準を、経営の言葉として明文化しているのです。 基準が文書になっていれば、担当者が代わっても判断が揺れません。

反対側の例も見ておきます。 2019年2月、クラフト・ハインツが154億ドルの減損を計上しました。 減損とは、これまで資産として計上していた金額について、当初見込んでいたほどの価値がなくなったと判断したときに、その帳簿上の金額を切り下げる処理です。 このとき切り下げられたのが、KraftとOscar Mayerという看板ブランドの価値でした。

当時、同社の経営を主導していたのは、3G Capitalという投資ファンドです。3G Capitalは、 買収した会社のコストを徹底的に削って利益を伸ばす経営で知られていました。 その代表的な手法が、ゼロベース予算です。前年の予算を出発点にせず、毎年すべての費目をゼロから積み上げ直す。そうすると、今年その支出が必要な理由を説明できないものには予算がつきません。 広告費のように効果が数年後に表れるものは、この基準では説明しにくい側に入ります。

この手法によって、同社の利益はその期、確かに改善しました。

一方で、市場では早くから懸念も出ていました。当時、J.P.モルガンのアナリストはこう述べています。 投資家は何年も、このやり方が最終的にブランドの価値をすり減らすことになるのではないかと問い続けてきた、と。

そして数年後、その懸念は減損として、会計上の数字に表れました。

政策が示した方針

今年6月、政府の知的財産戦略本部が「知的財産推進計画2026」を決定しました。 そこには、次のように書かれています。

「企業が保有するブランドについても、単なるマーケティング上の要素ではなく、重要な知財・無形資産の一部として明確に位置付け、経営戦略・ガバナンス・投資判断に組み込む取組を推進することが求められる。」

私がこれまで書いてきたことと、ほぼ同じ趣旨です。 政策の側からも同じ方向を向いてもらえたことは、率直にうれしく思いました。

さらに重要なのは、この一文の直前にある記述です。そこには、販売費や一般管理費に含まれる成長投資を、どう位置付けて示すかを検討する必要性が指摘されています。 

費用として処理されるために投資として見なされない。 その問題は、政策の側でも同じ形で認識されているということです。

ただし、方針が示されることと、実際の会議で適切な判断が下せることの間には、まだ距離があります。 制度が変わるのを待つ必要はありません。 会議に何を持ち込むかは、自分たちで決められるからです。

明日の会議から始められること

会計に載らない資産を、議論の対象にするために。 経営企画や財務の担当者に限らず、ブランドに関わる人が明日から試せることが三つあります。

ひとつめ。ブランドの体温を示す数字を、利益と並べて毎回出す。

例えば、値引きをせずに売れた比率。もう一度買ってくれた人の比率。ブランド名で直接検索された量。自社のチャネルで直接売った比率。 これらは、金額評価に比べれば粗い数字です。 ただ、動きが速く、自分たちの打ち手との因果関係を追いやすいという利点があります。 四半期の会議資料に、営業利益の隣に毎回載せる。それだけで議論の質は変わります。

ふたつめ。時間軸の違う数字を、同じ紙の上に置く。

四半期のROIだけを見る会議では、数年かけて効いてくる指標は、存在しないものとして扱われます。 BCGは、短期の効果だけでなく、長期の効果や、市場の状況(カテゴリーの成長率や自社の値付けの力)を含めて、五つから十の指標で一覧を作ることを勧めています。 大切なのは、指標を増やすことではありません。 時間軸の違うものを、同じ視野に入れることが重要です。

みっつめ。やらなかったことの損失額を、書き出しておく。

LUSHは2021年、若い世代の安全性への懸念を理由に、主要なSNS四媒体からの撤退を決めました。 このとき同社は、この判断によって約1,000万ポンドの売上機会を失う見込みだと自ら公表しています。 つまり、何を守るために、いくらを捨てるのかを先に数字で示したのです。捨てる額を先に明示したことで、この判断は単なる「価値観の表明」ではなく、トレードオフを伴う経営判断として記録されました。

ブランドを守る判断には、必ずコストがかかります。 そのコストを議事録に書かないかぎり、判断したという事実そのものが残りません。

ブランドの予算が最初に削られるのは、経営がブランドを軽んじているからではありません。 議論するための材料が、会計の枠組みの中に用意されていないからです。

そして、その材料を用意する役割は、経理部門が担うものではありません。 ブランドに責任を持つ人と、事業の数字に責任を持つ人が、一緒に担うものです。

信頼の循環は、放っておいて自然に回り出すものではなく、意図を持って設計するものです。 その循環について、経営がどう議論するかという「場」もまた、設計の対象です。会計に載らない資産は、放っておけば議題にすらなりません。 テーブルに載せるところまでが、設計の一部なのです。


出典:記事内での登場順に記載しています。

自社で創出したブランドの会計上の扱い
IAS 38「無形資産」(IFRS財団) ※自己創設ブランドの資産計上禁止は第63項
「無形資産に関する検討経過の取りまとめ」(企業会計基準委員会) ※日本基準における測定可能性の考え方
「ブランド価値評価研究会報告書」(経済産業省、2002年6月)

投資額とROIの関係
Paul Dyson「The Drivers of Profitability」(Thinkbox)
Les Binet & Will David「Go Big or Go Home」報道(B&T、2026年6月)
同(Marketing-Interactive、2026年6月)

ブランド価値の金額評価
Kantar BrandZ 2025
Brand Finance Global 500 2025
Interbrand Best Global Brands 2025
ISO 10668「ブランドの金銭的価値評価に関する要求事項」
味の素グループ ASVレポート2024

事例
マツダ 統合報告書2025
マツダ 中期経営計画・事業戦略
CNBC「Kraft Heinz write-down」(2019年2月22日)
LUSH「ラッシュは一部のSNSからサインアウトします」(2021年11月)

政策と実務の枠組み
知的財産戦略本部「知的財産推進計画2026」(2026年6月12日決定) ※引用箇所は「III. 知財戦略の重点施策 1. 知的財産の『創造』(1)知財・無形資産への投資による価値創造」
同 概要版
BCG「CMOs and CFOs Working Together to Measure Success Effectively」


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著者:間澤 崇(まざわ たかし)

I&CO APAC COO。ニッセイアセットマネジメントでの資産運用業務を経て、2014年よりアクセンチュアのストラテジーグループに参画。銀行や証券会社、ペイメント会社など金融業のコンサルティングを手がけた他、小売・通信業の新規事業立案や、通信・エネルギー業の異業種参入などを支援。2019年7月にレイ・イナモト、高宮範有とI&CO Tokyoを設立し、共同代表に就任。新規事業の開発や、それに伴う事業戦略立案、既存事業の立て直しを担う。



ブランドを「収益を安定させる装置」として捉え直す。 私はこれまで、その視点を提示してきました。 値引きをしなくても売れる。一度買った人が戻ってくる。競合ではなく自社の名前で検索される。 その状態を作る仕組みがブランドであり、顧客からの信頼が循環することで、ブランドは機能し続けます。

ここから先が、実務ではいちばん難しいところです。
では、その装置にいくら投資するのか。
その判断は、誰が、何を根拠に下すのか。

今回はこの問いを扱います。 私は投資の領域から、経営コンサルティングを経てブランド構築の現場に来ました。 会計の話が少し出てきますが、読み進めていただくにあたって、専門知識は必要ありません。

利益が足りないとき、最初に議論のテーブルに出てくるもの

私は業務の中で、クライアントの事業計画をレビューすることがあります。 利益計画が未達になりそうなとき、削減候補として真っ先に挙がる費目は、ほぼ決まっています。 広告宣伝費とマーケティング費用です。

この提案には、なかなか反論できません。 実際、これらの費用を削れば、来期の利益は改善するからです。

問題は、その利益改善と引き換えに何が犠牲になっているのかが、その会議で配られるどの資料にも書かれていないことです。 費用を削った効果は、利益として今期の数字にすぐに表れます。一方で、その結果として失われるものの影響は、二年後か三年後に、別の指標として表れます。

「削ることで得られるもの」と「削ることで失うもの」を同じ資料の上で比べられない以上、どうしても「削る」判断の方が合理的に見え、議論はそちらに傾きます。これは、会議の進め方が悪いから起きることではありません。 そもそも会計の仕組みが、短期のコストと長期の価値を同じようには捉えられない構造をしているのです。

「育てたブランド」と「買ったブランド」

会社がもつ財産の一覧表を、貸借対照表と呼びます。 土地や建物、機械、そして特許のような形のない財産も、ここに資産として金額で記載されます。

ところが、自社で育てたブランドは、金額として貸借対照表に記載されません。 国際的な会計ルールであるIAS 38の第63項では、「内部で創り出したブランドや顧客名簿などを、無形資産として認識してはならない」と定めています。

その理由も条文に添えられています。 ブランドを育てるための支出は、事業を伸ばすための支出全般と切り分けられないからです。 確かに、ある年の広告費のうち、いくらが「今年の売上」のためで、いくらが「五年後の信頼」のためだったのか、 これを客観的に線引きする方法はありません。 日本の会計ルールでも、適用される規定はいくつかに分かれますが、結論は同じです。

一方で、会社を買収した場合はどうなるか。 買収した会社がもつブランドは、一定の条件を満たせば形のない資産として価値がつけられ、貸借対照表に載ります。 また、買収時に帳簿上の価値よりも高く払った差額は、「のれん」として資産に計上されます。 自社でブランドを育てているときには金額を客観的に切り分けられなかったものが、買収の場面では「実際にいくらで会社を買ったか」という取引価格を起点に評価できるようになるのです。

つまり、同じようにブランドを育てるための支出でも、自社で育てれば費用になり、外から買ってくれば資産になる。 この非対称性が、実務における企業の意思決定に影響しています。

もちろん、制度としては筋が通っています。私は、会計ルールを批判したいわけではありません。 問題は、その結果として何が起きているかです。

自社で長い時間をかけて育ててきたブランドの価値は、会社の財産一覧のどこにも存在しません。 数字として存在しないものは、「将来価値を生む資産への投資」として議論される機会もありません。 一方、日々の損益の上では、「削れば今期の利益が増える費用」は、明確に姿を現します。

しかし、「のれん」として評価されるような価値は、買収のときに突然生まれるものではありません。 その会社が日々の商売を続ける中で、顧客からの信頼として少しずつ育ってきたものです。 ただ、こうして先に育てたのれんは、育てている最中は誰にも見えません。 財産の一覧表は、載っていないものについては何も語らないのです。

投資対効果で測れば、解決するのか

会計に載らないのであれば、投資対効果(ROI)で測ればいい。 そう考えるのが自然な流れですし、私自身も長くそう考えていました。

ところが、ROIには一つ厄介な性質があります。約2万8千件の広告キャンペーンを分析した研究では、広告への投資額が増えるほど、ROIは下がっていくということです。ここでいうROIは、広告費1に対して、どれだけの売上が返ってきたかを表す倍率です。 研究では、年商20億ポンドの自動車ブランドを例に、こう説明されています。 広告費が売上の1~2%にとどまるうちは、1に対して17から20の売上が返ってくる。 一方、広告費を売上の10%まで増やすと、その倍率は9程度まで下がります。

これは、広告費を増やすほど効果がなくなる、という意味ではありません。投じた額が増えれば、売上そのものは増えます。 ただし、追加で投じた1円が生み出す売上は、少しずつ小さくなっていきます。

ここに、ROIで投資を判断する難しさがあります。 ROIという数値だけを最大にしようとすると、最も合理的な答えは「投資を絞る」になります。 そして、投資を絞れば、得られる利益の絶対額は減ります。 「率」は上がり、「額」は減る。ROIが高いことと、事業として最も大きな価値を生み出していることは、必ずしも同じではないのです。

今年6月、この分野の研究者であるLes Binetが、新しい分析を発表しました。 利益を左右する要因として、予算の大きさはROIのおよそ9倍重要である、という内容です。 ところが、同時に行われたマーケティング責任者500人への調査では、認識は逆でした。彼らは逆に「ROIのほうが予算の大きさよりも重要だ」と考えていたのです。

この「率を重視する」考え方は、マーケティングの場面に限りません。

ここ数年、投じた資本に対してどれだけ利益を上げたかを示す指標(ROIC)を経営目標に掲げる日本企業が増えました。 資本を効率よく使えているかを測ること自体は、正しい経営のあり方です。 ただ、分母、つまり投じるお金を小さくすれば数値が良くなるという性質は、ROICもROIも同じです。そして、ブランドのように、投じたその年ではなく数年後に効いてくる支出は、この構造の中でいちばん「切りやすい」位置にあります。

ブランドを金額に換算してみると

では、ブランドの価値そのものを金額で評価すればいいのではないか。 実際に、ブランド価値の算定を専門にしている評価機関があります。ところが、ここにも難しさがあります。

2025年のAppleのブランド価値を、主要な三社がそれぞれ以下のように発表しています。
・Kantar BrandZ:1兆2,997億ドル(前年比 +28%)
・Brand Finance:5,745億ドル(前年比 +11%)
・Interbrand:4,609億ドル(前年比 −4%)

同じ企業の、同じ年の評価です。 それでも最大と最小で2.8倍の開きがあり、前年より価値が増えたのか減ったのかすら一致していません。 発表の時期がずれている点を差し引いても、説明のつく差ではありません。

興味深いのは、三社とも、ブランド評価の国際規格(ISO 10668)に沿っていると表明していることです。 ただしこの規格は、財務、消費者行動、法務の三方向から必ず分析し、前提を開示せよ、と定めたものです。 「手続き」を決めた規格であって、どの計算方法が正しいかを決めるものではありません。同じ規格に沿っていても三つの異なる答えが出るのは、当然の結果です。

では、ブランド価値を評価することに意味がないかというと、そうではありません。例えば 味の素は、統合報告書に自社のブランド価値を金額で記載しています。 大切なのは、その数字を「絶対的な価値」として見るのではなく、自社の中で同じ方法を使い続け、去年より上がったか下がったかを測ることです。自社のブランドがどちらに向かっているのかを見るための指標としてなら、ブランド価値評価は、十分に機能します。 一方で、他社と金額を比べたり、投資額の妥当性を証明したりする用途には向きません。

ブランドを判断の基準にしている会社

では、ブランドを実際に意思決定の基準に組み込んでいる企業は、何をしているのか。

マツダの統合報告書2025で、CEOはこう述べています。 「ブランド価値経営を全ての事業領域と意思決定の出発点に据えている」。

この考え方がより実務的に表れるのは、中期経営計画です。 重点領域のひとつに「ブランド価値を低下させる支出の抑制」という項目が置かれています。

一見すると、これはコスト管理の項目です。しかし重要なのは、「いくら削るか」ではなく、「その支出がブランド価値を高めるのか、下げるのか」を判断の物差しにしていることです。 たとえ短期的な売上は立つとしても、ブランドを損なうような売り方はしない。そうした判断基準を、経営の言葉として明文化しているのです。 基準が文書になっていれば、担当者が代わっても判断が揺れません。

反対側の例も見ておきます。 2019年2月、クラフト・ハインツが154億ドルの減損を計上しました。 減損とは、これまで資産として計上していた金額について、当初見込んでいたほどの価値がなくなったと判断したときに、その帳簿上の金額を切り下げる処理です。 このとき切り下げられたのが、KraftとOscar Mayerという看板ブランドの価値でした。

当時、同社の経営を主導していたのは、3G Capitalという投資ファンドです。3G Capitalは、 買収した会社のコストを徹底的に削って利益を伸ばす経営で知られていました。 その代表的な手法が、ゼロベース予算です。前年の予算を出発点にせず、毎年すべての費目をゼロから積み上げ直す。そうすると、今年その支出が必要な理由を説明できないものには予算がつきません。 広告費のように効果が数年後に表れるものは、この基準では説明しにくい側に入ります。

この手法によって、同社の利益はその期、確かに改善しました。

一方で、市場では早くから懸念も出ていました。当時、J.P.モルガンのアナリストはこう述べています。 投資家は何年も、このやり方が最終的にブランドの価値をすり減らすことになるのではないかと問い続けてきた、と。

そして数年後、その懸念は減損として、会計上の数字に表れました。

政策が示した方針

今年6月、政府の知的財産戦略本部が「知的財産推進計画2026」を決定しました。 そこには、次のように書かれています。

「企業が保有するブランドについても、単なるマーケティング上の要素ではなく、重要な知財・無形資産の一部として明確に位置付け、経営戦略・ガバナンス・投資判断に組み込む取組を推進することが求められる。」

私がこれまで書いてきたことと、ほぼ同じ趣旨です。 政策の側からも同じ方向を向いてもらえたことは、率直にうれしく思いました。

さらに重要なのは、この一文の直前にある記述です。そこには、販売費や一般管理費に含まれる成長投資を、どう位置付けて示すかを検討する必要性が指摘されています。 

費用として処理されるために投資として見なされない。 その問題は、政策の側でも同じ形で認識されているということです。

ただし、方針が示されることと、実際の会議で適切な判断が下せることの間には、まだ距離があります。 制度が変わるのを待つ必要はありません。 会議に何を持ち込むかは、自分たちで決められるからです。

明日の会議から始められること

会計に載らない資産を、議論の対象にするために。 経営企画や財務の担当者に限らず、ブランドに関わる人が明日から試せることが三つあります。

ひとつめ。ブランドの体温を示す数字を、利益と並べて毎回出す。

例えば、値引きをせずに売れた比率。もう一度買ってくれた人の比率。ブランド名で直接検索された量。自社のチャネルで直接売った比率。 これらは、金額評価に比べれば粗い数字です。 ただ、動きが速く、自分たちの打ち手との因果関係を追いやすいという利点があります。 四半期の会議資料に、営業利益の隣に毎回載せる。それだけで議論の質は変わります。

ふたつめ。時間軸の違う数字を、同じ紙の上に置く。

四半期のROIだけを見る会議では、数年かけて効いてくる指標は、存在しないものとして扱われます。 BCGは、短期の効果だけでなく、長期の効果や、市場の状況(カテゴリーの成長率や自社の値付けの力)を含めて、五つから十の指標で一覧を作ることを勧めています。 大切なのは、指標を増やすことではありません。 時間軸の違うものを、同じ視野に入れることが重要です。

みっつめ。やらなかったことの損失額を、書き出しておく。

LUSHは2021年、若い世代の安全性への懸念を理由に、主要なSNS四媒体からの撤退を決めました。 このとき同社は、この判断によって約1,000万ポンドの売上機会を失う見込みだと自ら公表しています。 つまり、何を守るために、いくらを捨てるのかを先に数字で示したのです。捨てる額を先に明示したことで、この判断は単なる「価値観の表明」ではなく、トレードオフを伴う経営判断として記録されました。

ブランドを守る判断には、必ずコストがかかります。 そのコストを議事録に書かないかぎり、判断したという事実そのものが残りません。

ブランドの予算が最初に削られるのは、経営がブランドを軽んじているからではありません。 議論するための材料が、会計の枠組みの中に用意されていないからです。

そして、その材料を用意する役割は、経理部門が担うものではありません。 ブランドに責任を持つ人と、事業の数字に責任を持つ人が、一緒に担うものです。

信頼の循環は、放っておいて自然に回り出すものではなく、意図を持って設計するものです。 その循環について、経営がどう議論するかという「場」もまた、設計の対象です。会計に載らない資産は、放っておけば議題にすらなりません。 テーブルに載せるところまでが、設計の一部なのです。


出典:記事内での登場順に記載しています。

自社で創出したブランドの会計上の扱い
IAS 38「無形資産」(IFRS財団) ※自己創設ブランドの資産計上禁止は第63項
「無形資産に関する検討経過の取りまとめ」(企業会計基準委員会) ※日本基準における測定可能性の考え方
「ブランド価値評価研究会報告書」(経済産業省、2002年6月)

投資額とROIの関係
Paul Dyson「The Drivers of Profitability」(Thinkbox)
Les Binet & Will David「Go Big or Go Home」報道(B&T、2026年6月)
同(Marketing-Interactive、2026年6月)

ブランド価値の金額評価
Kantar BrandZ 2025
Brand Finance Global 500 2025
Interbrand Best Global Brands 2025
ISO 10668「ブランドの金銭的価値評価に関する要求事項」
味の素グループ ASVレポート2024

事例
マツダ 統合報告書2025
マツダ 中期経営計画・事業戦略
CNBC「Kraft Heinz write-down」(2019年2月22日)
LUSH「ラッシュは一部のSNSからサインアウトします」(2021年11月)

政策と実務の枠組み
知的財産戦略本部「知的財産推進計画2026」(2026年6月12日決定) ※引用箇所は「III. 知財戦略の重点施策 1. 知的財産の『創造』(1)知財・無形資産への投資による価値創造」
同 概要版
BCG「CMOs and CFOs Working Together to Measure Success Effectively」


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