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2026年、強いブランドを作るために Vol.4: 信頼の循環を「設計する」という発想

2026年、強いブランドを作るために Vol.4: 信頼の循環を「設計する」という発想

企業のブランド構築に伴走するI&COが、「2026年、強いブランドを作るために。」というテーマのもと、財務、コミュニケーション、インターナルブランディングの3つの視点から考察したシリーズ記事をお届けします。ブランドはどのように生まれ、事業や組織の中にどのように組み込まれていくのか。この問いを、シリーズを通じて紐解いていきます。


著者:間澤 崇(まざわ たかし)

I&CO APAC COO。ニッセイアセットマネジメントでの資産運用業務を経て、2014年よりアクセンチュアのストラテジーグループに参画。銀行や証券会社、ペイメント会社など金融業のコンサルティングを手がけた他、小売・通信業の新規事業立案や、通信・エネルギー業の異業種参入などを支援。2019年7月にレイ・イナモト、高宮範有とI&CO Tokyoを設立し、共同代表に就任。新規事業の開発や、それに伴う事業戦略立案、既存事業の立て直しを担う。


フライホイールは比喩ではなく、構造の話である

前回の記事で、ブランドを「収益を安定させる装置」として捉え直すことを提案しました。今回はその続きとして、その装置がどう機能するのか、すなわち「ブランドのフライホイール」という考え方を、財務・コンサルティングの視点から掘り下げたいと思います。

フライホイールとは、重い円盤が一度回り始めると慣性で回転を維持し続ける機械部品のことです。I&COではこれをブランド構築の比喩として使っていますが、私はこれを単なる比喩だとは思っていません。フライホイールはむしろ、企業の構造そのものの話だと理解しています。

COMPANY(会社)がPRODUCT(プロダクト)を生み出し、そのプロダクトがCUSTOMERS(顧客)を魅了し、顧客の信頼が積み上がってBRAND(ブランド)となり、そのブランドが会社を次のステージへ差別化する。この4つの要素が連動して回ることで、初めてブランドは経営の力になります。

財務の観点から言うと、この循環が回っている企業と止まっている企業では、収益構造に明確な違いが生まれます。回っている企業は、広告費を使わなくても顧客が来ます。止まっている企業は、キャンペーンが終わるたびに売上が元に戻ります。前者は投資が資産になり、後者は投資が費用で消えます。この違いは、損益計算書よりもキャッシュフロー計算書を見たときに、より鮮明に浮かび上がります。

本稿を最後まで読んでいただくと、ブランド構築がマーケティング部門やブランド部門だけの仕事ではなく、企業の構造そのものであることが見えてきます。

コンサルタントが最初に確認すること

私がプロジェクトの初期診断で必ず確認することの一つは、「フライホイールのどこで摩擦が起きているか」です。経営課題として持ち込まれる問いは様々ですが、掘り下げていくと、たいていこの循環のどこかに断絶があります。

よくあるパターンが、「プロダクトは良いのに、顧客に信頼されていない」というケースです。PRODUCT → CUSTOMERSの間に摩擦がある状態で、プロダクトの価値が顧客の体験として十分に届いていません。接点設計や情報発信の一貫性が崩れていることが多いです。

別のパターンは、「顧客の評判は良いのに、会社の次の一手が定まらない」というケースです。CUSTOMERSから信頼は得ているものの、それがBRANDとして組織の内側に戻ってきていません。顧客資産が経営判断に活かされず、次のプロダクトに繋がっていかない状態です。

そしてもっとも根深いのが、「COMPANY自体の意志が定まっていない」ケースです。何を大切にする会社なのか、どこに向かっているのかが組織内で共有されていないと、プロダクトに一貫性が生まれません。フライホイールは、起点となるCOMPANYの意志が定まっていなければ、そもそも回り始めないのです。

この診断を財務の視点で言い換えると、投資が適切なところに入っているかどうかの確認に近いです。摩擦の起きている場所に投資しても効果は出ませんし、回っている部分をさらに強化することで複利的な効果が生まれます。どこに投資するかを決めるには、まず循環の状態を正確に把握しなければなりません。

事例から見る:フライホイールのどこに効いたか

ここで、I&COが実際に関わったプロジェクトを二つ取り上げ、フライホイールの各要素への介入がどのような経営的意味を持つかを整理したいと思います。

ローソン銀行:プロダクト(PRODUCT)への介入

ローソン銀行との取り組みでは、高齢者・外国人・障がい者など多様な利用者への配慮が不十分だった既存ATMを、ハードウェアとソフトウェアの両面からゼロベースで再設計しました。車いす対応の可動式スクリーン、ユニバーサルカラースキーム、プライバシーを守る設計。そして将来のアップグレードに対応できる拡張可能なデザインシステムの構築まで、一体で手がけました。

これはPRODUCTへの直接介入ですが、財務的に見ると二つの意味があります。一つは、5,000台以上に展開される接点の一つひとつが「ブランドの体験窓口」として機能するようになることです。ATMは毎日使われる金融インフラです。その体験が「配慮されている」と感じられるものであれば、利用者の信頼はキャンペーンや広告よりもはるかに確実に積み上がります。これはCUSTOMERSへの動力を、プロダクトの設計そのものが生み出している状態です。

もう一つは、拡張可能なデザインシステムを持つことで、将来の改修コストを抑える資産として機能することです。プロダクトへの投資が単なる費用ではなく、将来のコスト構造にまで影響します。この視点は、経営企画・財務が関与すべきポイントです。プロダクト設計を「何を作るか」だけでなく「何を資産として残すか」という観点で評価できるかどうかが、フライホイールを長く回し続けるための鍵になります。

ASICS:フライホイール全体のコントロール

ASICSとの取り組みは、フライホイール全体を意識した長期的な関与です。「ブランド力 = 好かれること」ではなく、「ブランド力 = 一貫性をコントロールできている状態」という視点のもと、どのチャネルで売るか、どの価格で売るか、どんな体験で届けるかを継続的に設計してきました。

ASICSが印象的なのは、「売上を立てる」と「価値を守る」がぶつかる場面での判断基準の置き方です。多くの企業では、短期の売上目標に引っ張られ、値引きやチャネル拡大に流れやすくなります。しかしASICSはその判断基準を「ブランド価値の維持」に置き、安易な値引きに流れませんでした。温度調整されたサーバールームのように、外部環境が変わっても内側の一貫性を保つ設計を続けてきました。

これをフライホイールとして見てみると、「Lifetime Athletes in All of Us(誰もが一生涯アスリート)」をはじめとする社内の“共有言語”が、単なる言葉としてではなく判断軸として機能し、PRODUCT や体験に反映される。それが CUSTOMERS の信頼と継続的な選択を生み、指名買いやリピート率の向上へ繋がっていく。その信頼が BRAND として定着することで、価格プレミアムや収益の安定性が生まれ、再び COMPANY の次の意思決定を支えていくのです。


財務モデルで言えば、これは売上の「量」より「質」を高める構造への転換です。値引きしなくても売れているか、リピート率は高いか、指名検索は増えているか、直販比率は上がっているか—こうした指標のモニタリングを投資判断の軸に置くことで、キャッシュフローの安定性と価格プレミアムが同時に育っていきます。

コンサルティングの言葉で言えば、これは「収益の質の改善」です。同じ売上規模でも、値引きで作った売上と指名買いで作った売上では、利益率もキャッシュフローの安定性も大きく異なります。ASICSにおけるフライホイールのコントロールは、まさにこの収益の質を高め続ける経営判断の積み重ねだったと理解しています。

ブランドは「間主観的現実」として機能する

経営・財務の出身者がブランドの話をするとき、しばしばぶつかる壁があります。ブランドを数字に還元しようとすると、どうしても一部しか見えなくなるという壁です。

私がここ数年で最も腹落ちした言い方は、「ブランドは間主観的現実として機能する」というものです。間主観的現実とは、特定の個人の主観でも、客観的な事実でもなく、多くの人が共に信じることで初めて成立する現実のことです。お金がその典型例で、紙幣は「みんながお金だと信じているから」価値を持ちます。ブランドも同じ構造です。「この会社のプロダクトは信頼できる」という認識が、多くの人の間で共有されることで、初めてブランドとしての力を持ちます。

財務的に言えば、これはネットワーク効果に近いです。信じている人が増えるほど、新たに信じる人が増えやすくなります。ただし、ネットワーク効果と違うのは、プラットフォームの規模ではなく、プロダクトと企業活動の一貫性によって信頼が生まれる点です。その分、設計が難しく、また一度崩れると回復にも時間がかかります。ローソン銀行のATMが一台一台の体験にこだわり、ASICSが値引きの誘惑に流れなかったのも、この信頼の共有認識を崩さないための判断だったと言えます。

フライホイールは「設計」するもの

ここで一つ、重要な誤解を解いておきたいと思います。フライホイールは「気がついたら回っていた」ものではなく、「意図して設計するもの」だということです。

コンサルティングの現場でよく見るのは、事業が偶然うまくいっていたケースです。良いプロダクトが生まれ、顧客がついて、口コミが広がった。しかしある時点から伸び悩み、原因を分析すると、循環の構造が曖昧なまま成長してきたことがわかります。偶然回っていたフライホイールは、環境が変わると簡単に止まります。

意図して設計されたフライホイールは、構造的に強く、偶然に依存しません。COMPANY・PRODUCT・CUSTOMERS・BRANDそれぞれの要素に対して「何が自分たちの強みか」「何によって次の要素に繋がるか」を明確にした上で、各要素への投資判断が行われています。これは財務的な意思決定の構造と同じです。何が収益ドライバーで、その収益ドライバーを強化するためにどこに資源を配分するか。その問いをブランド構築に適用したのが、フライホイールの設計だと私は理解しています。

Vol.1で「のれんは先に育てるもの」と書きましたが、そののれんを育てる設計図がフライホイールです。

経営企画・財務が担うべき役割

フライホイールを設計するという仕事は、マーケティング部門だけに任せるべきではありません。これが私の一貫した立場です。フライホイールの各要素への投資判断は、会社全体の資源配分の問題だからです。

経営企画・財務部門が担うべきことは三つあります。

一つ目は、フライホイールの現状診断を定期的に行うことです。循環のどこで摩擦が起きているかを、定量・定性の両面から把握する仕組みをつくります。

二つ目は、ブランド投資を中期計画に組み込むことです。ブランド構築は単年度で効果が出るものではありません。三年から五年のタイムスパンで投資回収の仮説を立て、進捗をモニタリングする設計が必要です。

三つ目は、投資判断の基準を部門横断で揃えることです。マーケティング部門が売上の「量」を見ているとき、財務部門が利益率を見ており、経営企画部門がシェアを見ている—という状態では、フライホイールを回すための資源配分が機能しません。「選ばれ続けているか」という一つの問いのもとに判断基準を統一することが、経営企画・財務の実務的な貢献になります。

数字の背後にある「物語」を読む

財務諸表を読む技術は、数字を正確に読む技術だと思われがちです。しかし私は、財務諸表の本当の読み方は「数字の背後にある物語を読む」ことだと考えています。売上が伸びているのに利益が下がっているとすれば、それは値引きが増えているか、コストが増えているかのどちらかです。どちらも、フライホイールの状態を示す物語です。

ローソン銀行のATMは「誰のためのプロダクトか」という問いへの答えが設計に滲み出ています。ASICSの一貫したチャネルコントロールは「値引きしなくても選ばれ続けるか」という財務的問いへの、継続的な回答です。どちらも、財務諸表の数字だけを見ていては気づきにくいですが、フライホイールという構造で見ると、経営判断の本質が浮かび上がってきます。

フライホイールは一度回り始めれば自律的に動きます。しかし、最初の一押しは必ず、意図を持った設計から始まります。その設計を「経営の仕事」として引き受ける会社が、強いブランドと強い財務構造を同時に手にすると、私は見ています。


「2026年、強いブランドをつくるために。」の他の記事
- Vol.5: 泡盛が回す「ブランドのフライホイール」
- Vol.6: あなたの組織とトップの「性格」が、ブランドを育てる鍵になる

企業のブランド構築に伴走するI&COが、「2026年、強いブランドを作るために。」というテーマのもと、財務、コミュニケーション、インターナルブランディングの3つの視点から考察したシリーズ記事をお届けします。ブランドはどのように生まれ、事業や組織の中にどのように組み込まれていくのか。この問いを、シリーズを通じて紐解いていきます。


著者:間澤 崇(まざわ たかし)

I&CO APAC COO。ニッセイアセットマネジメントでの資産運用業務を経て、2014年よりアクセンチュアのストラテジーグループに参画。銀行や証券会社、ペイメント会社など金融業のコンサルティングを手がけた他、小売・通信業の新規事業立案や、通信・エネルギー業の異業種参入などを支援。2019年7月にレイ・イナモト、高宮範有とI&CO Tokyoを設立し、共同代表に就任。新規事業の開発や、それに伴う事業戦略立案、既存事業の立て直しを担う。


フライホイールは比喩ではなく、構造の話である

前回の記事で、ブランドを「収益を安定させる装置」として捉え直すことを提案しました。今回はその続きとして、その装置がどう機能するのか、すなわち「ブランドのフライホイール」という考え方を、財務・コンサルティングの視点から掘り下げたいと思います。

フライホイールとは、重い円盤が一度回り始めると慣性で回転を維持し続ける機械部品のことです。I&COではこれをブランド構築の比喩として使っていますが、私はこれを単なる比喩だとは思っていません。フライホイールはむしろ、企業の構造そのものの話だと理解しています。

COMPANY(会社)がPRODUCT(プロダクト)を生み出し、そのプロダクトがCUSTOMERS(顧客)を魅了し、顧客の信頼が積み上がってBRAND(ブランド)となり、そのブランドが会社を次のステージへ差別化する。この4つの要素が連動して回ることで、初めてブランドは経営の力になります。

財務の観点から言うと、この循環が回っている企業と止まっている企業では、収益構造に明確な違いが生まれます。回っている企業は、広告費を使わなくても顧客が来ます。止まっている企業は、キャンペーンが終わるたびに売上が元に戻ります。前者は投資が資産になり、後者は投資が費用で消えます。この違いは、損益計算書よりもキャッシュフロー計算書を見たときに、より鮮明に浮かび上がります。

本稿を最後まで読んでいただくと、ブランド構築がマーケティング部門やブランド部門だけの仕事ではなく、企業の構造そのものであることが見えてきます。

コンサルタントが最初に確認すること

私がプロジェクトの初期診断で必ず確認することの一つは、「フライホイールのどこで摩擦が起きているか」です。経営課題として持ち込まれる問いは様々ですが、掘り下げていくと、たいていこの循環のどこかに断絶があります。

よくあるパターンが、「プロダクトは良いのに、顧客に信頼されていない」というケースです。PRODUCT → CUSTOMERSの間に摩擦がある状態で、プロダクトの価値が顧客の体験として十分に届いていません。接点設計や情報発信の一貫性が崩れていることが多いです。

別のパターンは、「顧客の評判は良いのに、会社の次の一手が定まらない」というケースです。CUSTOMERSから信頼は得ているものの、それがBRANDとして組織の内側に戻ってきていません。顧客資産が経営判断に活かされず、次のプロダクトに繋がっていかない状態です。

そしてもっとも根深いのが、「COMPANY自体の意志が定まっていない」ケースです。何を大切にする会社なのか、どこに向かっているのかが組織内で共有されていないと、プロダクトに一貫性が生まれません。フライホイールは、起点となるCOMPANYの意志が定まっていなければ、そもそも回り始めないのです。

この診断を財務の視点で言い換えると、投資が適切なところに入っているかどうかの確認に近いです。摩擦の起きている場所に投資しても効果は出ませんし、回っている部分をさらに強化することで複利的な効果が生まれます。どこに投資するかを決めるには、まず循環の状態を正確に把握しなければなりません。

事例から見る:フライホイールのどこに効いたか

ここで、I&COが実際に関わったプロジェクトを二つ取り上げ、フライホイールの各要素への介入がどのような経営的意味を持つかを整理したいと思います。

ローソン銀行:プロダクト(PRODUCT)への介入

ローソン銀行との取り組みでは、高齢者・外国人・障がい者など多様な利用者への配慮が不十分だった既存ATMを、ハードウェアとソフトウェアの両面からゼロベースで再設計しました。車いす対応の可動式スクリーン、ユニバーサルカラースキーム、プライバシーを守る設計。そして将来のアップグレードに対応できる拡張可能なデザインシステムの構築まで、一体で手がけました。

これはPRODUCTへの直接介入ですが、財務的に見ると二つの意味があります。一つは、5,000台以上に展開される接点の一つひとつが「ブランドの体験窓口」として機能するようになることです。ATMは毎日使われる金融インフラです。その体験が「配慮されている」と感じられるものであれば、利用者の信頼はキャンペーンや広告よりもはるかに確実に積み上がります。これはCUSTOMERSへの動力を、プロダクトの設計そのものが生み出している状態です。

もう一つは、拡張可能なデザインシステムを持つことで、将来の改修コストを抑える資産として機能することです。プロダクトへの投資が単なる費用ではなく、将来のコスト構造にまで影響します。この視点は、経営企画・財務が関与すべきポイントです。プロダクト設計を「何を作るか」だけでなく「何を資産として残すか」という観点で評価できるかどうかが、フライホイールを長く回し続けるための鍵になります。

ASICS:フライホイール全体のコントロール

ASICSとの取り組みは、フライホイール全体を意識した長期的な関与です。「ブランド力 = 好かれること」ではなく、「ブランド力 = 一貫性をコントロールできている状態」という視点のもと、どのチャネルで売るか、どの価格で売るか、どんな体験で届けるかを継続的に設計してきました。

ASICSが印象的なのは、「売上を立てる」と「価値を守る」がぶつかる場面での判断基準の置き方です。多くの企業では、短期の売上目標に引っ張られ、値引きやチャネル拡大に流れやすくなります。しかしASICSはその判断基準を「ブランド価値の維持」に置き、安易な値引きに流れませんでした。温度調整されたサーバールームのように、外部環境が変わっても内側の一貫性を保つ設計を続けてきました。

これをフライホイールとして見てみると、「Lifetime Athletes in All of Us(誰もが一生涯アスリート)」をはじめとする社内の“共有言語”が、単なる言葉としてではなく判断軸として機能し、PRODUCT や体験に反映される。それが CUSTOMERS の信頼と継続的な選択を生み、指名買いやリピート率の向上へ繋がっていく。その信頼が BRAND として定着することで、価格プレミアムや収益の安定性が生まれ、再び COMPANY の次の意思決定を支えていくのです。


財務モデルで言えば、これは売上の「量」より「質」を高める構造への転換です。値引きしなくても売れているか、リピート率は高いか、指名検索は増えているか、直販比率は上がっているか—こうした指標のモニタリングを投資判断の軸に置くことで、キャッシュフローの安定性と価格プレミアムが同時に育っていきます。

コンサルティングの言葉で言えば、これは「収益の質の改善」です。同じ売上規模でも、値引きで作った売上と指名買いで作った売上では、利益率もキャッシュフローの安定性も大きく異なります。ASICSにおけるフライホイールのコントロールは、まさにこの収益の質を高め続ける経営判断の積み重ねだったと理解しています。

ブランドは「間主観的現実」として機能する

経営・財務の出身者がブランドの話をするとき、しばしばぶつかる壁があります。ブランドを数字に還元しようとすると、どうしても一部しか見えなくなるという壁です。

私がここ数年で最も腹落ちした言い方は、「ブランドは間主観的現実として機能する」というものです。間主観的現実とは、特定の個人の主観でも、客観的な事実でもなく、多くの人が共に信じることで初めて成立する現実のことです。お金がその典型例で、紙幣は「みんながお金だと信じているから」価値を持ちます。ブランドも同じ構造です。「この会社のプロダクトは信頼できる」という認識が、多くの人の間で共有されることで、初めてブランドとしての力を持ちます。

財務的に言えば、これはネットワーク効果に近いです。信じている人が増えるほど、新たに信じる人が増えやすくなります。ただし、ネットワーク効果と違うのは、プラットフォームの規模ではなく、プロダクトと企業活動の一貫性によって信頼が生まれる点です。その分、設計が難しく、また一度崩れると回復にも時間がかかります。ローソン銀行のATMが一台一台の体験にこだわり、ASICSが値引きの誘惑に流れなかったのも、この信頼の共有認識を崩さないための判断だったと言えます。

フライホイールは「設計」するもの

ここで一つ、重要な誤解を解いておきたいと思います。フライホイールは「気がついたら回っていた」ものではなく、「意図して設計するもの」だということです。

コンサルティングの現場でよく見るのは、事業が偶然うまくいっていたケースです。良いプロダクトが生まれ、顧客がついて、口コミが広がった。しかしある時点から伸び悩み、原因を分析すると、循環の構造が曖昧なまま成長してきたことがわかります。偶然回っていたフライホイールは、環境が変わると簡単に止まります。

意図して設計されたフライホイールは、構造的に強く、偶然に依存しません。COMPANY・PRODUCT・CUSTOMERS・BRANDそれぞれの要素に対して「何が自分たちの強みか」「何によって次の要素に繋がるか」を明確にした上で、各要素への投資判断が行われています。これは財務的な意思決定の構造と同じです。何が収益ドライバーで、その収益ドライバーを強化するためにどこに資源を配分するか。その問いをブランド構築に適用したのが、フライホイールの設計だと私は理解しています。

Vol.1で「のれんは先に育てるもの」と書きましたが、そののれんを育てる設計図がフライホイールです。

経営企画・財務が担うべき役割

フライホイールを設計するという仕事は、マーケティング部門だけに任せるべきではありません。これが私の一貫した立場です。フライホイールの各要素への投資判断は、会社全体の資源配分の問題だからです。

経営企画・財務部門が担うべきことは三つあります。

一つ目は、フライホイールの現状診断を定期的に行うことです。循環のどこで摩擦が起きているかを、定量・定性の両面から把握する仕組みをつくります。

二つ目は、ブランド投資を中期計画に組み込むことです。ブランド構築は単年度で効果が出るものではありません。三年から五年のタイムスパンで投資回収の仮説を立て、進捗をモニタリングする設計が必要です。

三つ目は、投資判断の基準を部門横断で揃えることです。マーケティング部門が売上の「量」を見ているとき、財務部門が利益率を見ており、経営企画部門がシェアを見ている—という状態では、フライホイールを回すための資源配分が機能しません。「選ばれ続けているか」という一つの問いのもとに判断基準を統一することが、経営企画・財務の実務的な貢献になります。

数字の背後にある「物語」を読む

財務諸表を読む技術は、数字を正確に読む技術だと思われがちです。しかし私は、財務諸表の本当の読み方は「数字の背後にある物語を読む」ことだと考えています。売上が伸びているのに利益が下がっているとすれば、それは値引きが増えているか、コストが増えているかのどちらかです。どちらも、フライホイールの状態を示す物語です。

ローソン銀行のATMは「誰のためのプロダクトか」という問いへの答えが設計に滲み出ています。ASICSの一貫したチャネルコントロールは「値引きしなくても選ばれ続けるか」という財務的問いへの、継続的な回答です。どちらも、財務諸表の数字だけを見ていては気づきにくいですが、フライホイールという構造で見ると、経営判断の本質が浮かび上がってきます。

フライホイールは一度回り始めれば自律的に動きます。しかし、最初の一押しは必ず、意図を持った設計から始まります。その設計を「経営の仕事」として引き受ける会社が、強いブランドと強い財務構造を同時に手にすると、私は見ています。


「2026年、強いブランドをつくるために。」の他の記事
- Vol.5: 泡盛が回す「ブランドのフライホイール」
- Vol.6: あなたの組織とトップの「性格」が、ブランドを育てる鍵になる

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